サンダルウッドな胡椒〜観能感想

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help リーダーに追加 RSS 銕仙会定期公演 11月 能「自然居士」 浅見真州 2006.11.10

<<   作成日時 : 2006/11/11 14:54   >>

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能「自然居士」(じねんこじ)
シテ自然居士:浅見真州  子方女児:小早川康充
ワキ人商人:殿田謙吉 ワキツレ人商人同輩:大日方寛  アイ雲居寺門前ノ者:野村万作
笛:松田弘之  小鼓:北村治 大鼓:國川純 
地頭:山本順之

狂言「鏡男」
シテ夫:野村万之介  アド鏡売り:月崎晴夫  小アド妻:高野和憲
「自然居士」あらすじ
雲居寺で説法をする自然居士に諷誦文と小袖を捧げる少女いる。少女は両親の菩提を祈るために人買いに自分の身を売り小袖を得たのだ。自然居士は人商い人から少女を取り返すために、琵琶湖畔、大津まで駆けつけ人商い人と掛け合う。人商い人は、自然居士をなぶってみようと舞を所望する。後半は自然居士が少女を取り戻そうとし、中ノ舞、船の曲舞、簓の舞、鞨鼓を舞う芸尽くしの能。
面は「銕仙」記載のものと変更になっていて、「喝食」ではなくて、「大喝食」(甫閑作、浅見家所蔵)。
喝食の面は、額にかかる前髪の大きさによって小喝食、中喝食、大喝食とある。
小喝食は、前髪の先が平筆程度、中喝食は、銀杏の葉の広がり、大喝食はもっと広がり、おかっぱの前髪です。いずれも眉がぴっと上がって凛々しい。
年齢は小中大の順なのかは、わかりません。
シテの自然居士は、「花月」少年より年長の想定。
大喝食の面を舞台で見たのは初めてかも知れない。これが、なかなかいい面で可愛い。
装束もいずれも淡い色合いで、大口はモスグリーン、水衣はベージュピンクのような色合いで綺麗です。

浅見真州は、正義感あふれる若き説法師の一気呵成の行動力を見せる。ちょっと能らしくないような前半のスピード感ある展開は、心地よい緊張感でした。
少女の身の代の小袖を投げて返すところ、船に詰め寄るところの緊迫感。少女を見つけ引き立てて見るところなどの所作も素早い。
後半の芸尽くしは前半が良かったせいか、期待しすぎで少しばかりなんとなく物足りなかった。多分贅沢というものでしょう。

ワキが少女を臚櫂で打つシーンは、実際も扇で棹を叩くから、見所で寝ている人は目が覚めます。
ワキツレが、少女を連れ去る場面もまた、驚くほど素早いです。
自然居士のお世話係りなのでしょうか、後見の代わりに万作さんのアイ(門前の者)も活躍します。

囃子はよくわからないが、終曲のノリ地のところは地謡と鼓の間が合ってなかった気がする。

能の主人公は、たとえば「蝉丸」の中の蝉丸、逆髪のように、能ならではの登場人物を作っていたりします。
自然居士は正義感にあふれ、臨機応変な賢さと行動力の兼ね備えた、中世の庶民の新しいヒーロー像であるけれど。
「天狗草紙」の中に描かれている自然居士は随分とイメージが違っていて、この絵を何かの本で初めて見たときは奇異な感じでした。芸能者の軽妙洒脱な感じは、それはそれでよいのだが、なぜか能の「自然居士」の優等生ぶり比べると、絵の雰囲気は、割りと不良ぽい。
(「天狗草紙」だからでしょうけど。追記:この絵は、私には折口信夫の「身毒丸(しんとくまる)」を連想させます。身毒丸は俊徳丸のことで、能で云えば「弱法師」ですけれど

この二人の「自然居士」像の繋がりはよくわかりません。

それから、「五音」にある「それ一代の説法は」に始まる、現行の「自然居士」からごっそりと削除されている長文(観阿弥作)はなかなか素敵な漢文調で好きです。
世阿弥が省いた部分らしいですが。

夫一代ノ教法ハ・・・かなり中略・・・花洛ノ塵ニマジワリ、カク カノ波ニ裳裾ヲヌラシ、万民ニ オモテヲ サラスモ 恨ミナラズ、ホウノタメナレバ身ヲ捨ツル。フク風ノ寒キ山トテ入ル月ニ、指ヲサシテモ トメガタキハ、ツナガヌ月日ナリケリヤ・・・
参考テキスト:小学館日本古典文学全集

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