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能「自然居士」(じねんこじ) シテ自然居士:浅見真州 子方女児:小早川康充 ワキ人商人:殿田謙吉 ワキツレ人商人同輩:大日方寛 アイ雲居寺門前ノ者:野村万作 笛:松田弘之 小鼓:北村治 大鼓:國川純 地頭:山本順之 狂言「鏡男」 シテ夫:野村万之介 アド鏡売り:月崎晴夫 小アド妻:高野和憲 「自然居士」あらすじ面は「銕仙」記載のものと変更になっていて、「喝食」ではなくて、「大喝食」(甫閑作、浅見家所蔵)。 喝食の面は、額にかかる前髪の大きさによって小喝食、中喝食、大喝食とある。 小喝食は、前髪の先が平筆程度、中喝食は、銀杏の葉の広がり、大喝食はもっと広がり、おかっぱの前髪です。いずれも眉がぴっと上がって凛々しい。 年齢は小中大の順なのかは、わかりません。 シテの自然居士は、「花月」少年より年長の想定。 大喝食の面を舞台で見たのは初めてかも知れない。これが、なかなかいい面で可愛い。 装束もいずれも淡い色合いで、大口はモスグリーン、水衣はベージュピンクのような色合いで綺麗です。 浅見真州は、正義感あふれる若き説法師の一気呵成の行動力を見せる。ちょっと能らしくないような前半のスピード感ある展開は、心地よい緊張感でした。 少女の身の代の小袖を投げて返すところ、船に詰め寄るところの緊迫感。少女を見つけ引き立てて見るところなどの所作も素早い。 後半の芸尽くしは前半が良かったせいか、期待しすぎで少しばかりなんとなく物足りなかった。多分贅沢というものでしょう。 ワキが少女を臚櫂で打つシーンは、実際も扇で棹を叩くから、見所で寝ている人は目が覚めます。 ワキツレが、少女を連れ去る場面もまた、驚くほど素早いです。 自然居士のお世話係りなのでしょうか、後見の代わりに万作さんのアイ(門前の者)も活躍します。 囃子はよくわからないが、終曲のノリ地のところは地謡と鼓の間が合ってなかった気がする。 能の主人公は、たとえば「蝉丸」の中の蝉丸、逆髪のように、能ならではの登場人物を作っていたりします。 自然居士は正義感にあふれ、臨機応変な賢さと行動力の兼ね備えた、中世の庶民の新しいヒーロー像であるけれど。 「天狗草紙」の中に描かれている自然居士は随分とイメージが違っていて、この絵を何かの本で初めて見たときは奇異な感じでした。芸能者の軽妙洒脱な感じは、それはそれでよいのだが、なぜか能の「自然居士」の優等生ぶり比べると、絵の雰囲気は、割りと不良ぽい。 (「天狗草紙」だからでしょうけど。追記:この絵は、私には折口信夫の「身毒丸(しんとくまる)」を連想させます。身毒丸は俊徳丸のことで、能で云えば「弱法師」ですけれど) この二人の「自然居士」像の繋がりはよくわかりません。 それから、「五音」にある「それ一代の説法は」に始まる、現行の「自然居士」からごっそりと削除されている長文(観阿弥作)はなかなか素敵な漢文調で好きです。 世阿弥が省いた部分らしいですが。 夫一代ノ教法ハ・・・かなり中略・・・花洛ノ塵ニマジワリ、カク カノ波ニ裳裾ヲヌラシ、万民ニ オモテヲ サラスモ 恨ミナラズ、ホウノタメナレバ身ヲ捨ツル。フク風ノ寒キ山トテ入ル月ニ、指ヲサシテモ トメガタキハ、ツナガヌ月日ナリケリヤ・・・参考テキスト:小学館日本古典文学全集 |
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